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Profile
馬名 [外] キンチェム
英字 Kincsem
性別  牝
馬齢  147
生年 1874
毛色 栗毛
産国 他
Cambuscan
Water Nymph
母父 Cotswold

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特徴/履歴
12.
[1] エピソード:周囲の人間、動物との仲でキンチェムの親友は猫だったそうです。いつもこの猫と一緒に転戦しました。グッドウッドカップに勝利した後、船から列車に移る際に猫が行方不明になったことがあり、その時は猫が見つかるまで2時間鳴き続けました。しかし猫が見つかると、キンチェムはいつもと同じように列車に乗り込んだそうです。また、厩務員のフランキーとも非常に仲がよかったそうです。キンチェムは列車で旅行するのが好きだったためいつも自ら進んで乗り込んでいたが、フランキーがそばにいることを確認した後で寝たそうです。フランキーのキンチェムへの愛情を知ってか、フランキーが寒い中で何も掛けずに寝ていると、キンチェムは自分の馬衣をフランキーに掛けました。その夜からフランキーが毛布を掛けていてもキンチェムは馬衣をフランキーに掛けたといわれています。フランキーはその後、フランキー・キンチ...(続く)
// ルーキー 10/01/30(土) 10:55  
12.
引退後は繁殖牝馬として5頭の産駒を残し、どの馬も競走馬または繁殖で活躍しました。また、キンチェムの子孫は繁栄し、多くの活躍馬を出しました。オーストリアやハンガリーのクラシックに何度も勝ち、ドイツ、イタリア、ポーランド、ルーマニアのダービーにも勝っています。1974年にはキンチェムから数えて13代目の子孫ポリガミー(Polygamy)が英オークスに勝利しました。そして現在でも、世界各地にキンチェムの牝系子孫が残っています。キンチェムは13歳の誕生日に疝痛により死亡しました。この日ハンガリーの教会はキンチェムを追悼するために鐘を鳴らし続けたといいます。キンチェムの骨格はハンガリーの農業博物館に展示されています。そして生誕100周年の1974年にはこの馬を記念してブダペスト競馬場が「キンチェム競馬場」と改名され、ここにキンチェムの銅像も建てられています。  身体・精神面:...(続く)
// ルーキー 10/01/30(土) 10:50  
11.
初戦第一クリテリウムを4馬身差で快勝。5戦目のルイーザ競走では10馬身、ツークンフツ賞、ボルガルデューユでは大差勝ち。9戦目のクラッドルーバー賞を10馬身、続くクラッドルーバークリテリウムは大差勝ち。    3歳初戦のトライアルを勝って挑んだハンガリー2000ギニーでは大差勝ち。2日後の1000ギニーも1+1/2馬身差で優勝。続いて、初の長距離戦となったオーストリアダービーでは大差勝ち。3日後のレースも勝ち、続く2マイルのカイザー賞を10馬身、3000Mのグローサー賞を6馬身、その2戦後の2マイルバーデrン大賞を3馬身、五日後のヴェルトヒェン賞を10馬身。その後も勝利を収め、ハンガリーセントレジャーも10馬身差で快勝。  4歳になり初戦を65.5キロ背負ったものの、2馬身差で快勝し、続くプラーター公園賞でも67キロで優勝。  続く3戦は69、67、69.5を背負ったが、Prince Giles the Firstを全て2着に退け快勝。続く...(続く)
// 競馬研究会会長? 03/08/02(土) 13:04  
応援コメント
[ 参照・投稿 ]
3.
ウンガロもキンツェムの血をひいてますね。
// ファイル 04/10/26(火) 20:30  
1.
[1] 最近のキンツェムの末裔では、ザフラートドバイ(Zahrat Dubai)がいますね。1999年英オークスで人気になり、3着でした。このときのクビ差の4着に入ったのが、かのサンデーピクニック。
// mazuda 00/06/08(木) 22:56  
2.
54戦54勝のハンガリーの馬だそうです。
// ヒューズ 00/06/08(木) 17:19  
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特徴/履歴
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12.
ルーキー 10/01/30(土) 10:50 [ 追記 ]
引退後は繁殖牝馬として5頭の産駒を残し、どの馬も競走馬または繁殖で活躍しました。また、キンチェムの子孫は繁栄し、多くの活躍馬を出しました。オーストリアやハンガリーのクラシックに何度も勝ち、ドイツ、イタリア、ポーランド、ルーマニアのダービーにも勝っています。1974年にはキンチェムから数えて13代目の子孫ポリガミー(Polygamy)が英オークスに勝利しました。そして現在でも、世界各地にキンチェムの牝系子孫が残っています。キンチェムは13歳の誕生日に疝痛により死亡しました。この日ハンガリーの教会はキンチェムを追悼するために鐘を鳴らし続けたといいます。キンチェムの骨格はハンガリーの農業博物館に展示されています。そして生誕100周年の1974年にはこの馬を記念してブダペスト競馬場が「キンチェム競馬場」と改名され、ここにキンチェムの銅像も建てられています。
身体・精神面:キンチェムは子馬のころはひょろっとして見栄えが悪かったですが、成長すると良い馬体に成長しました。体高は165.1cmあったとされ、当時の大型馬の分類に入ります。また、胴が長く典型的なステイヤー体形でした。毛色は暗い栗毛で、腰から後脚の辺りに褐色の斑点を持っていました。走るときは首を下げていて、まるで地面を這うように走っていたといわれています。すらりとした体形だったものの、その体形からは想像できないほどキンチェムは精神的に強くタフな馬だったことがさまざまな事例からわかります。勝利距離は947mから4200mに達し、斤量76.5kgでも勝利しました。さらにレース間隔も詰まっていて、2日連続で出走することもありました。4歳時にわずか1ヶ月間で9連勝したこともある。確かにキンチェムの時代の中欧の馬は各地に遠征をするのが当たり前だったが、それに耐えることができるタフさを持っていました。実力もそうであるが精神的な強さを持ち合わせてこその54戦54勝だったのでしょう。
[1].
ルーキー 10/01/30(土) 10:55 [ 追記 ]
エピソード:周囲の人間、動物との仲でキンチェムの親友は猫だったそうです。いつもこの猫と一緒に転戦しました。グッドウッドカップに勝利した後、船から列車に移る際に猫が行方不明になったことがあり、その時は猫が見つかるまで2時間鳴き続けました。しかし猫が見つかると、キンチェムはいつもと同じように列車に乗り込んだそうです。また、厩務員のフランキーとも非常に仲がよかったそうです。キンチェムは列車で旅行するのが好きだったためいつも自ら進んで乗り込んでいたが、フランキーがそばにいることを確認した後で寝たそうです。フランキーのキンチェムへの愛情を知ってか、フランキーが寒い中で何も掛けずに寝ていると、キンチェムは自分の馬衣をフランキーに掛けました。その夜からフランキーが毛布を掛けていてもキンチェムは馬衣をフランキーに掛けたといわれています。フランキーはその後、フランキー・キンチェムと名乗り、墓標にもその名が刻まれているため本名がわかっていないほどです。また、キンチェムの死後フランキーは一生独身のままでいたといわれています。馬主のブラスコヴィッチはキンチェムがレースに勝つと必ずその後にキンチェムの頭絡に花を付けていましたが、たまたまあるレースの後にこれが遅くなってしまうと、キンチェムは鞍をなかなか取らせようとしなかったといいいます。キンチェムは自分になじんだ水しか飲まなかったため、遠征をするときはタピオセントマルトン牧場から水を持っていきました。しかしバーデン大賞に遠征した際に、キンチェムは突然水を飲まなくなってしまい、3日間も飲まないでいましたが、ある井戸を見つけると、その井戸に止まって水を飲んだと言われています。それからこの井戸のことが「キンチェムの井戸」と呼ばれるようになりました。キンチェムの強さは多くの人の関心を集めました。オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世もこの馬のファンだったことで知られています。キンチェムがレースに勝つたびに、馬主のブラスコヴィッチを祝福していたといいます。なぜかキンチェムはヒナギクが好きで、スタート地点で探すのが癖になっていました。

11.
競馬研究会会長? 03/08/02(土) 13:06 編集 [ 追記 ]
初戦第一クリテリウムを4馬身差で快勝。5戦目のルイーザ競走では10馬身、ツークンフツ賞、ボルガルデューユでは大差勝ち。9戦目のクラッドルーバー賞を10馬身、続くクラッドルーバークリテリウムは大差勝ち。

3歳初戦のトライアルを勝って挑んだハンガリー2000ギニーでは大差勝ち。2日後の1000ギニーも1+1/2馬身差で優勝。続いて、初の長距離戦となったオーストリアダービーでは大差勝ち。3日後のレースも勝ち、続く2マイルのカイザー賞を10馬身、3000Mのグローサー賞を6馬身、その2戦後の2マイルバーデrン大賞を3馬身、五日後のヴェルトヒェン賞を10馬身。その後も勝利を収め、ハンガリーセントレジャーも10馬身差で快勝。
4歳になり初戦を65.5キロ背負ったものの、2馬身差で快勝し、続くプラーター公園賞でも67キロで優勝。
続く3戦は69、67、69.5を背負ったが、Prince Giles the Firstを全て2着に退け快勝。続くブタペスト競馬場のレースも69.5キロで大差勝ち。その1週間後のレースを69.5キロで快勝、その2日後のトライアルSではまたしてもPrince Giles the Firstを大差にねじ伏せた。その4戦後となったバーデン大賞では、宿敵?のPrince Giles the Firstに同着1着。しかし続くソプロン競馬場のレースでは69キロで大差勝ち。
5歳初戦のポズホニ競馬場のレースでは72キロを背負ったが8馬身差で圧勝。1週間後のレースを単走1着、その2日後の3600Mのレースで72.5キロで快勝、さらに2日後のレースでは生涯最大斤量となる76.5キロを背負い快勝。その10日後のシュタット賞では72.5キロを背負ってPrince Giles the Firstを10馬身ねじ伏せ優勝。さらに2日後のレースも快勝。その3戦後のバーデン大賞では、Kunstlerinを3/4馬身降して1着。その後2戦を単走1着。最終レースも72.5キロを背負いながら10馬身差で圧勝した。

10.
じん2 03/03/12(水) 23:00 [ 追記 ]
まさに最強というしかない生涯成績は54戦54勝       2歳は10戦で終了中「1日」で ハンガリー1000ギニーを勝利。主な勝鞍はハンガリー2000・1000ギニー・オーストラリアダービー・カイザー賞・ヴァルトヒェン賞・ドーヴィル賞・バーデン大賞3連覇など厩務員に毛布をかけたとか猫好きとか色んな話がある。時には70キロ以上ハンデを背負う事もあった最強牝馬である。                   

9.
なぎ 02/08/13(火) 17:49 [ 追記 ]
キンチェムの主な勝鞍は、ハンガリー2000ギニー、ハンガリー1000ギニー、オーストリアダービー、トライアルS、バーデン大賞(3連覇)、ブダペストセントレジャー、ブダペストオークス、ドーヴィル大賞、グッドウッドCなどです。
それにしても無敗の最多勝記録を持つ馬が日本も世界も牝馬というのはなんか凄い。(日本記録はクリフジの11戦11勝です。)

8.
なぎ 02/08/13(火) 03:08 [ 追記 ]
キンチェムの生涯成績54戦54勝はサラブレッドの無敗の最多勝記録としてギネスブックにも載っています。そしてキンチェムの凄いところは、この記録をイギリスやフランスなどの競馬先進国を転戦してそれぞれの国の一流レースを勝って行きながら作ったことです。さらに、走ったレースの距離も1000メートル以下から4000メートル以上と距離適正不問だったようです。また、キンチェムにはレース以外にも逸話や伝説が多く、有名なところでは一緒にいた猫が行方不明になったとき、この猫が帰ってくるまで2時間以上も鳴き続けていたとか、キンチェムの世話をしていたフランキー厩務員が寒い夜に何もかけずに寝ていると自分の馬衣をかけてあげたりしたとか、その他にもおとぎ話の様な話が多く伝わっています。ちなみにこのフランキー厩務員は自分の名前をフランキー・キンチェムと改名して最後まで(墓石にまで)この名前で通したため本当の名前は分からないそうです。最後にキンチェムという表記ですがハンガリーの発音ではキンツェムよりキンチェムのほうがより近いようです。

7.
アレイタリア 02/04/20(土) 01:28 [ 追記 ]
この馬に関しては非公式の「55戦目」というのがあって、1着同着だったため公式記録外(何故?)となったもの。
騎手が酔ったまま騎乗して同着となったためで、後日、素面で再戦したところ6馬身差ちぎったとのこと
[1].
スリーパー 02/04/20(土) 10:23 [ 追記 ]
バーデン大賞ですね。確か、1878年(キンツェム4歳時《現年齢表記》)だったと思います。キンツェム唯一の苦戦です。ちなみに、当時のルールで「同着は再レース」と言うのがあったらしく、そのため同着は「非公式」になったものと思われます。

6.
マキ氏 02/01/24(木) 21:36 [ 追記 ]
成績もパーフェクトなら,命日も自分の誕生日とパーフェクト.

5.
sman 00/12/23(土) 13:03 [ 追記 ]
名づけて、"ハンガリーの奇跡"!!!

4.
sman 00/04/26(水) 13:04 [ 追記 ]
3歳時は10戦10勝。4歳時には17戦17勝。5歳時は15戦15勝。6歳時は12戦12勝。3歳時は、6月21日にデビューしてから8月31日のレースまでで6戦、10月2日から10月29日までで4戦を消化。すごいローテーション。それも、10戦ともに異なる競馬場でのレースである。5歳の時には、海を越えて1度だけ英国でレースをしたことがある。出走したのは、当時も今も英国の長距離3大レースの一つとして数えられる、グッドウッドC(他の2レースはアスコット金杯(ゴールドカップ)、ドンカスターC)。このレースでは、当時の古馬最強馬のハンプトンと金杯の勝ち馬、ヴェルノイユが回避(キンチェム出走のため・・でしょうね)すると言う事態になってしまった。結果は・・快勝!また、6歳時には国家賞(2400m)と言うレースでハンデ76.5kg(!?)を背負ってこれまた快勝!!!まさに、まれに見る女傑である。キンチェムは1874年3月17日生まれ。血統は父がカンバスカン、母はウォーターニンフ。父のカンバスカンは、英国2000ギニ−2着、セントレジャー3着の馬で12歳の時に輸出された。母のウォーターニンフはハンガリー1000ギニ−の優勝馬。ウォーターニンフの母、ザーマーメードは英国オークス5着馬で英国からの輸入馬。また、ウォーターニンフの初のハナトはハンガリーオークスの優勝馬で2番仔がこのキンチェム(キンツェム)である。また、キンチェムは13歳の誕生日に急死するまで5頭(牡馬2頭、牝馬3頭)の産駒を残しているが、全て優秀。初仔のブダギョ−ニェはドイツダービーに優勝。2番仔のオリヤンニンクスはハンガリーセントレジャーに優勝。3番仔のタルプラマジャールは名種牡馬。4番仔のキンクスオールはオーストリアダービー2着。5番仔のキンクスは繁殖入りしてハンガリーオークス馬ナフェニィなどクラシック馬2頭の母となる。今でもドイツには“W”から始まる馬名(確か、ドイツの競走馬は母の名前の最初の1文字を受継ぐっていう習慣があったっけ)のキンチェムファミリーが続いている。

3.
sman 00/04/25(火) 09:26 [ 追記 ]
表記としては『キンツェム』とも書く。生涯戦積は54戦54勝!無敗の名牝。ヨーロッパ諸国を転戦した史上最強牝馬。もちろん、本場イギリスも走ってます。
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