「繁殖牝馬の皇后」。父Glencoeは米で8度
リーディングに輝き、19世紀の米競馬に多大な影響を与えた馬だが、その功績を語るのに本馬1頭で充分とさえ言わしめた。
競争馬としては、気性の悪さと喘鳴症が災いしてか、幾つかの大レースで好走するものの、結局5fヒートで1着1回が有るのみの9戦未勝利に終った。しかし、非常に小柄ながら均整のとれた馬体に、繁殖での期待が持たれた。
産駒は15頭おり、特筆すべきは「種牡馬の帝王」
Stockwell、82戦42勝の名ステイヤー、種牡馬
リーディング上位の常連で、
Kettledrum等の父であるRataplan、1870-71リーディングサイアーで、3冠牝馬Hannah始め多数のクラシックホースを出し、
St.Simonの母の父となった
King Tomの3頭を出したということ。
他にも、グランドナショナル連覇のThe Coronelの父Knight of Kars、2000ギニー馬
Moslemの父Knight of St.Patrick、セントレジャー勝ちの牝馬Auricula、クラシックホースを3頭出した名牝Araucaria等がいる。